屋久島旅記録2

 



 

 

 

どうしてそんなに感傷的な旅の終わりを迎えたかというと、これまでの人間性を乗り越えようとして、そして実際に乗り越えていく瞬間が何度もあったから。その中でも最大の出来事は、心の底から、そして体全部で、悶えた。

 

 

28日の昼に島に着いてダイビングへ直行し、翌29日は10時間に及ぶ縄文杉への登山で全身ヘトヘトになったあと、最終日は、屋久島を電動でない自転車で一周することを選んだ。

 

 

屋久島を一周。それはわたしにとって、軽い気持ちで達成できるプランではなかった。まず、最終日は午後の14時には空港に着いていたいから、絶対に失敗できない。失敗したら航空券の数万円がチャラになるだけのことだけど、航空券の数万円分また働いてもいいぜとは思えなかったので、それは避けたかった。そして地元の人によると、一周にかかる時間は車で2時間以上、自転車だと早い人で6〜7時間。長い長い登りと下りの坂の繰り返しだから、わたしの体力ではきっと8〜10時間はかかるだろう。朝4時に出発してギリギリだ。縄文杉を見るために初めてのがっつり登山をしたばかりなので、余剰の体力もない。そして登山のおかげで腰も痛い。どう考えても賭けだ。

 

 

それでも一周を選んだのは、「見てみたい」という願望を残して島を去りたくなかったからだった。島の反対側はどうなっているんだろう。島の大きさってどれぐらいなんだろう。そういう、未知のものを見てみたい、知りたいという好奇心は、あまり長い間叶えられないままだと、心の一部が凍結してくる。屋久島へ来るのを長らく我慢してきたから、その辛さはよく知っていた。

 

 

「宿から2時間ほどの距離のところにある、今回拝みたかった海の中の温泉を楽しんで帰ってくる」という、やさしいプランもあった。でも、それを選ぼうとすると、元々の夢は叶うはずなのに、落ち着かなかった。"一部じゃなくて、全体を見たい気持ち"が置き去りになるから。未知を未知のまま残してはここを去れない。知りたいんでしょう?また来た時にとか考えていないで、いま、ここに居るじゃないか。居るんだから、居る間に、見に行こうよ。

 

 

そうして賭けの上で決断して朝4時半に出発した屋久島一周の珍道中で、わたしのこれまでの人間性を激しく問われる難問にぶち当たるのだった。

 

 

この頃はまだなにも知らない